大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(ネ)18号 判決 1957年4月03日

控訴人 近藤哲二 外二名

被控訴人 斎藤正 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の連帯負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、認否、援用は、被控訴人等訴訟代理人において、当審証人仙石利の証言を援用し、控訴人等訴訟代理人において、被控訴人等がそれぞれその主張のような業を営む商人であることは認めると述べ、当審証人宮内憲二郎、板倉清、石井文雄の各証言及び当審における控訴人角田憲三、同大隈憲二各本人尋問の結果を援用したほかは、原判決の事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

理由

一、被控訴人等がそれぞれその主張のような業を営む商人であること、及び訴外合資会社隅田組(以不隅田組という。)が昭和九年四月十日設立せられた被控訴人等主張の事業を営むことを目的とする商事会社であることは、いずれも当事者間に争がない。

二、原審における被控訴人斎藤正、山崎定治、宇野金正、寺島正雄各本人及び被控訴人東神建設工業有限会社代表者鈴木喜代治(第一回)の各尋問の結果並びにこれらの資料により隅田組の当該工事に関する経理の責任者の作成に係るものと認める甲第二号証を総合すれば、被控訴人等がそれぞれ昭和二十三年より昭和二十四年までの間において隅田組の注文により被控訴人等主張の工事を請負い、仕事を完成して隅田組に引渡し、よつて隅田組に対し請負工事の報酬金として、被控訴人斎藤正は金二十七万四千六百五十円、被控訴人山崎定治は金十六万六千二十円、被控訴人宇野金正は金十六万四百七十五円、被控訴人東神建設工業有限会社は金十三万八千円、被控訴人寺島正雄は金六万五千円の各債権を取得するに至つたことを認めるに足り、右認定を覆すに足りる証拠はない。控訴人等は、隅田組では土木建築担当部門は技術部と称して独立採算制をとつていたから被控訴人等主張の債権の存否、数額等は知らないと陳述し、当審証人宮内憲二郎の証言によれば、右報酬金は隅田組内部では控訴人等主張のような独立採算制部門における取引に属することは認められるが、同証言によるも右は単に隅田組内部の業務分担の区分に過ぎず、右債権が隅田組に対する債権であることを動かすものではないこと明らかである。

三、控訴人等は、右債務については本訴提起の日までに民法所定の三年の消滅時効が完成したから、これによつて債務は消滅したと抗弁し、被控訴人等は、隅田組は昭和二十四年八月五日被控訴人等に対し右債務を承認し、その分割弁済を約したので、これにより該債務を目的とする準消費貸借が成立し、右債務は性質を変じて通常の商事債権となり、消滅時効の期間は五年となつたから、本訴提起の日までにまた消滅時効は完成しないと抗争するので考えるに、被控訴人等の右請負工事報酬金債権は、本来民法第百七十条第二号にいわゆる請負人の工事に関する債権として同条所定の三年の短期消滅時効に服すべきことは明らかであり、しかして前記甲第二号証及び原審における被控訴人等各本人(被控訴人東神建設工業有限会社についてはその代表者鈴木喜代治の第一回)尋問の結果によれば、昭和二十四年八月五日隅田組は被控訴人等に対する右債務を承認し、これを同年十二月末日までの間に四回に分割して支払うことを約したことが認められるけれども、右はその約旨自体に徴し、単に従前の債務を承認してその弁済方法を定めた趣旨に外ならないものと認められ、従前の債務を目的とする準消費貸借を締結したことを認めるに足りる証拠はなくこの点に関する被控訴人等の主張は理由がない。

四、被控訴人等主張の時効中断の事実について判断する。隅田組が昭和二十四年八月五日被控訴人等に対してその債務を承認したことは、既に認定したところであり、また被控訴人等五名に対し隅田組が最後に一部弁済をした日が、同年十二月三十日であることは、控訴人等も争わないから、特段の事情の認められない本件にあつては、隅田組は本件債務を承認して右の一部弁済をしたものと推認すべく、更に成立に争のない甲第六号証及び原審における被控訴人斎藤正、同山崎定治、同宇野金正、同寺島正雄、同東神建設工業有限会社代表者鈴木喜代治(第一、二回)各本人尋問の結果によれば、隅田組においては、昭和二十三年十月二十五日までは控訴人大隅憲二が代表社員であり、同人は同日辞任して控訴人近藤哲二がこれに代り、それぞれ同月二十七日その登記を受け、次いで昭和二十五年十月三十一日隅田組は解散し、控訴人大隅憲二が清算人に就任して同年十一月十三日その登記を受けたものであるところ、被控訴人等は昭和二十五年から昭和二十八年二、三月頃に至るまで毎年或は横須賀市若松町の隅田組本店において、或は逗子駅前の大隅憲二の営業所において、または逗子市の控訴人大隅憲二の自宅において、隅田組代表者清算人大隅憲二に面接して本件債務の弁済を請求し、大隅憲二はその都度債務を承認し、弁済の猶予を求めていたことが認められる。右認定に反する控訴人大隅憲二本人の原審及び当審における供述は採用しない。ことに成立に争のない甲第七号証、原審証人奥田一俊、梨子本与吉、沢畠昌義、斎藤又市の各証言並びに原審における被控訴人東神建設工業有限会社代表者鈴木喜代治(第一、二回)、原審及び当審における控訴人角田憲三(原審は第一、二回)、同大隅憲二各本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)を総合すれば、隅田組の国税滞納のため昭和二十八年頃は各社員の個人財産まで大蔵省から差押を受ける状態であつたが、同年二月中隅田組、及び控訴人角田憲三は、右のようにして国税滞納処分による差押を受けていた控訴人角田憲三所有の横須賀市若松町一丁目十五番地の五宅地四十六坪二合を訴外日本興業短資株式会社に売却し、売却代金を以つて隅田組の滞納税金の整理に充てようとしたが、たまたま右地上には被控訴人東神建設工業有限会社所有の建坪一坪半程度の倉庫があつて、これを撤去できなければ右売買取引を完結できない関係にあり、一方右被控訴人においては、この機会を措いては隅田組に対する自己及びその他の被控訴人等(被控訴人等はいずれも隅田組の下請工事を請負う職方として従来から隅田組に対する下請報酬金の請求について行動を共にしていた。)の債権の回収は益々望み薄になるものであるから、被控訴人等五名に対する債務を弁済するのでなければ右倉庫の撤去の希望に応じられないことを主張して譲らなかつたので、隅田組においても事の紛糾を避けるため右要求を容れ、債務を弁済することを条件に右被控訴会社代表者鈴木喜代治をして右倉庫を撤去し敷地を引渡す旨の確約書を作成させ、同年二月六日横須賀市内立花食堂で売買取引完結のため隅田組代表者大隅憲二、控訴人角田憲三、日本興業短資株式会社代理人及び右被控訴会社代表者鈴木喜代治が会合した際にも、右大隅憲二は被控訴会社を代表するのみならず他の被控訴人四名をも代理する右鈴木喜代治に対し直接に「必ず今何とかしてやるから」と説いて同人を納得せしめ、売買取引の席上に同人の要求を持込ませないでこれを中座退席させ、前記確約書を買主に交付して事なく右売買並びに代金の授受を完了したことを認めることができる。(もつとも隅田組は右代金をたちまち他の費途に充当して被控訴人等にはすこしも支払わなかつた。)右認定に反する原審証人矢込俊雄の証言並びに原審及び当審における控訴人角田憲三(原審は第一、二回)、同大隅憲二の各供述部分は採用できない。しからば本訴請負報酬金の消滅時効は控訴人大隅憲二が隅田組の清算人就任前に本件債務を承認した事実の有無及びその承認の効力如何につき特に判断を加えるまでもなく、隅田組による前掲昭和二十四年八月五日、同年十二月三十日の各承認及び控訴人大隅憲二が隅田組の清算人に就任した昭和二十五年十月三十一日以降においてこれを代表してなした以上各債務承認によりその都度中断されたものであつて、右最后の承認の日より本件訴状が裁判所に提出された日であること記録上明白な昭和二十九年九月九日までには三年を経過していないこと暦数上明らかであるから、本訴債権については消滅時効は未だ完成せず、この点に関する控訴人等の抗弁は理由がない。

五、原審における控訴人角田憲三(第一回)本人尋問の結果並びに原審における控訴人大隅憲二本人尋問の結果を総合すれば、隅田組は昭和二十四、五年頃から資産状態悪化し、前記のように被控訴人等に対する債務につき分割弁済を約しながら、その支払をなさないことはもちろん、租税をも滞納し、そのため会社財産だけでなく社員の私財に至るまで国税滞納処分による差押を受けるに至り、他の会社に対し若干の債権を有してはいるが、その会社も無資力のためこれが回収は不能であり、今や隅田組の全財産を以てしてもその債務を完済することができない状態に在ることが認められ、右認定を覆すに足りる資料はない。

六、控訴人角田憲三が合資会社隅田組の無限責任社員であることは当事者間に争がないから、右のように隅田組が会社財産を以てその債務を完済することができない以上同控訴人は他の無限責任社員と連帯して被控訴人等に対し、右会社の本訴債務を弁済する責に任じなければならない。

また控訴人近藤哲二が隅田組の無限責任社員であることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第六号証によれば同控訴人はもと隅田組の有限責任社員であつて、昭和二十三年十月二十五日無限責任社員となり同月二十七日その登記を経たものであることが認められるけれども、このように責任を有限から無限に変更した社員は、責任変更前に生じた会社の債務についても無限責任社員としての責任を負うこと商法第百六十条第八十二条の規定により明らかであるから、控訴人近藤哲二は昭和二十三年から昭和二十四年までの間に生じた被控訴人等に対する本件会社債務の全部について、控訴人角田憲三におけると同様、これを弁済する責に任じなければならない。

七、次に控訴人大隅憲二の責任の有無について判断する。同控訴人がもと隅田組の無限責任社員であつたけれども昭和二十三年十月二十五日その責任を有限に変更したことは当事者間に争なく、前示甲第六号証によれば、右責任の変更については同月二十七日登記を経たことが認められるところ、前示甲第二号証、原審証人石午朔、当審証人仙石利の各証言並びに原審における被控訴人等各本人(被控訴人東神建設工業有限会社については代表者鈴木喜代治の第一、二回)、原審及び当審における控訴人角田憲三(原審は第一回)、大隅憲二各本人のそれぞれ尋問の結果を総合すれば、控訴人大隅憲二は、昭和九年隅田組設立(昭和二十年迄は合資会社秦運送本店と称していた。)以来昭和二十三年十月二十五日辞任するまでその代表社員であつて、隅田組社長として一般から呼ばれ、参議院議員に立候補するため代表社員を辞任し同時に責任を無限から有限に変更した后も会社本店に出入してその事務所を使用し、社内従業員からは依然社長の名称を以て呼ばれ、これら従業員の中には代表社員の更送を知らず大隅憲二をなお従前どおり社長と信じていた者も少くなかつた程であるのに、大隅憲二においては、自己が社長と呼ばれていることを知りながら格別被控訴人等会社外取引先等に対して代表者の更送を周知させる等の方法をとつたこともなく放置したこと、なお隅田組が、昭和二十四年八月五日附代表社員大隅憲二名義で被控訴人等に対し債務を承認し支払を確約する旨を記載した前示甲第二号証の書面は、大隅憲二自身の作成に係るか否かは明らかでないけれども、少くとも隅田組の営業所において当時の経理担当者により作成されたもので、作成者名を代表社員大隅憲二としたのも当時社内従事員も一般に同人を社長と考えていたからであること、なお右書面中大隅憲二名下の隅田組代表社員印は控訴人大隅憲二が右会社代表社員であつた当時の代表社員印と区別し難いものであつて、このように同人の代表社員辞任登記后約十箇月を経てもなお、隅田組においてかような文書が発行されて異とされない実情であり、大隅憲二においてはその当時に至つてもなおこれを放置し、特段の措置を講じなかつたこと、被控訴人等においても大隅憲二が代表社員を辞任し責任を無限から有限に変更した后もこれに気付かず、依然同人を無限責任社員だけが在任できる隅田組の代表社員と誤認し、この誤認に基いて引続き隅田組との取引を続けていたものであることが認められる。右認定に反する原審証人石午朔当審証人宮内憲二郎の各証言並びに控訴人大隅憲二及び角田憲三各本人の当審における供述は採用し難く、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて控訴人大隅憲二は被控訴人等の隅田組に対する本件請負報酬金債権のうち、責任変更の登記の日までに生じたものについては、同会社の無限責任社員としての責任を負い、右登記の日の后に生じたものについては、商法第百五十九条第一項の規定により無限責任社員と同一の責任を負い、さきに認定したように隅田組が会社財産を以つて会社の債務を完済することができない以上、他の無限責任社員と連帯してこれが弁済の責に任じなければならない。もつとも大隅憲二の責任変更登記以前に生じた債務についての責任は、被控訴人等が商法第百六十条第九十三条の規定により登記后二年内に同控訴人に対し請求又は請求の予告をしなければ登記后二年を経過したとき消滅するけれども、この消滅原因たる事実は控訴人大隅憲二が特に抗弁として主張するところではないばかりでなく、被控訴人中斎藤正等三、四名の者が昭和二十四年暮頃逗子駅前の控訴人大隅憲二経営の食堂で同人に対し本件請負報酬金の請求をしたことは原審及び当審における控訴人大隅憲二本人尋問の結果により明らかであり、前掲甲第二号証及び原審における被控訴人等各本人(被控訴人東神建設工業有限会社についてはその代表者鈴木喜代治の第一、二回)各尋問の結果によれば、被控訴人等は、さきに認定したようにいずれも隅田組の下請工事を請負う職方として従来から下請報酬金の請求につき行動を共にして来た関係上、右報酬金の請求については互に他を代理していたことが推認できるので控訴人大隅憲二に対し被控訴人等中三、四名の者のなした右報酬金の請求はこれに参会しなかつた被控訴人をも代理してなし被控訴人等全員による請求と認め得べく、しかし右のように隅田組の営業所では弁済を受けられなかつた債権者等がその無限責任社員であつた者に対しその個人営業所にまで追及してその弁済を請求したような場合には、その請求は、たとえそれが会社からの弁済を受ける目的であつたにしても、特段の事情がない限り、併せて当該無限責任社員であつた者すなわち本件では控訴人大隅憲二個人に対する無限責任社員としての責任の追及をも含むものと解するを相当する。もつとも右請求当時被控訴人等が大隅憲二の責任変更の事実を知らなかつたことは原審における被控訴人斎藤正本人尋問の結果により明らかであるが、商法第百六十条第九十三条第二項にいう請求があつたというためには、当該社員個人の責任について請求をなすを以て足り、債権者に当該社員が既に責任を変更して有限責任社員となつた事実の認識があることは必要でないと解するから、被控訴人等が大隅憲二に対する右請求当時同人の責任変更の事実を知らなかつたことは、被控訴人等の請求が前記法条所定の請求に該当することを妨げるものではない。したがつて控訴人大隅憲二の無限責任社員としての前記責任は、責任変更の登記后二年を経過しても消滅するものではない。

(結論)

八、よつて被控訴人等に対し各控訴人連帯してそれぞれ被控訴人等主張の請負報酬金より被控訴人等自認の一部弁済金額を控除した残金及びこれに対するさきに認定した最終の分割弁済期日の翌日である昭和二十五年一月一日から支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による利息の支払を求める被控訴人等の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第一項により本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用につき同法第九十五条第八十九条第九十三条第一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例